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タイトル:  教育の現場をはなれて - 研究への新たな着眼

文・片方信也
 2014年3月に日本福祉大学を停年退職してのち、企業組合もえぎ設計の一隅を借りて、いわゆるライフワークの調べごとに取り組んでいる。そのコーナーを「装景学研究室」と名付けているのだが、その呼称は宮澤賢治の詩、「装景手記」から来ている。  その詩の中には、次のような一節がある。


この国土の装景家たちは

この野の福祉のために

まさしく身をばかけねばならぬ

 この3行は、拙著(『住む─都市と居住空間の設計』、つむぎ出版、2000年)の著者プロフィールで引用したことがあり、わたしはこの3行にその詩のエッセンスを感じ取ってきた。
 装景ということばは、田村剛の説(田村剛『造園学概論』、成美堂書店、1918年)から来ているようだ。田村によれば、まず、造園は「美はしく植ゑつけること」で、「『園』(庭園と公園との総称)を制作する術を造園術」としている。そして、「土地を美わしく経営する仕事即ち風景を美化し修飾する仕事」を「土地経営術(風景装飾)」とし、造園はその一分科に位置する。
 「装景」もこの造園と並ぶ「土地経営術」の一つで、美と実用の両側面を兼ねるという考え方である。田村は、経済性と実用に走って風景の美観を破壊しかねないことを避けるには両者を拘束する装景という「道徳」が必要で、その理想は「経済・学術・衛生・道徳・宗教等あらゆる方面と一致させる」ことであるとする。
 賢治の詩にある「装景家」は、その装景に由来しているだろう。おそらく、賢治は田村が装景を「道徳」とする見解に着目し、その理想の実現を職能として担う、いわば専門家、技術者の人格を装景家と名付けたのではなかろうか。詩は、唯神論の人々が、風景を「諸仏と衆生の徳の配列」とか、感情移入による情緒と外界との「最奇怪な混合」であるなどというが、そのような皮相に説明されるようなものではないと語る。
 そして、詩の全体を読み通してみる限り、「この野の福祉」の「野」というのは、そのような風景の考え方からは見えない、植物や動物、大気、海、大地がたがいに客観的に把握できるつながりの全体、つまり地球のスペースのことのように思える。そうしてみると、ここでいう「福祉」とは、そのスペースであらゆる生命体がたがいに支え合える状態を意味し、世の装景家は命がけでこの自然の摂理を守らなければならないと呼びかけているのである。
 田村は造園、さらには林学や農学分野が追求する経済性と実用性が風景破壊につながることを警告したが、賢治はそうした田村の問題意識をさらに深めて、その破壊の脅威が生命圏全体に及ぶことを詩のかたちをとって暗示したといえる。その思考の深さは、詩を読む者に感動を呼び起こし続けるだろう。

 ここで、賢治の思考の深さに驚嘆するもう一つの側面に触れておく必要がある。それは、1969年にJ.E.ラヴロックが提示したガイア仮説との共通性である。彼によれば、ガイアは「地球の生命圏、大気圏、海洋、そして土壌を含んだひとつの複合体」と定義される(J.E.ラヴロック『地球生命圏GAIA』、工作舎、1984年、36ページ)。その複合体は「単一の有機体とみなしていい複雑なシステムをなし、われわれの惑星を生命にふさわしい場所として保つ能力をそなえている」と考えるのである。
 ところが、この生命システムのなかでもっとも優勢な動物種、人間とガイアの間の力のバランスが逆転して、人間には、自然を「鎮圧され征服されるべき未開の力とみなす」思想が生まれた(ラヴロック、同書、38ページ)
 ラヴロックは言う。
「私のみるところ、いまだに大地に近い生活をしている田舎の人たちにとっては、ガイア仮説ごとき明々白々たることをとりたてて提起するなどわけがわからないらしい。彼らにとってそれは自明の理であり、いままでもずっとそうだったから。」(ラヴロック、同書、36ページ)
 社会が都市化していくにつれて、生命圏から汲み取る、都会の知恵袋への情報量が、地方の共同体、農村の地域に比べてどんどん減少し、かわって人間の知恵といえばほとんど人間関係の問題に関わるものに置き換わってしまったと見る(ラヴロック、同書、240ページ)。つまり、大地に抱かれるように暮らす田舎の人々と比べて、都市の人々は人間以外の生命体との有機的なかかわり合いの蓄積を豊かにする道を見失ってきたということである。
 かくして、人間とガイアの間のバランスが逆転したことが、こうした現象の背景にあるというのがラヴロックの見方である。ガイア仮説はその逆転への警告であり、同時に生命にふさわしい場所を保つ惑星の能力を回復するための道を示したのである。

  ところで、都市化の過程で人間の知恵がほとんど人間関係の問題に置き換わってきたのは、田舎の人々の暮らしなら人々を抱くように生活を根本から支えている大地が、都会人の生活からは遊離し、人間によって「鎮圧され征服されるべき」対象にされるという位置に大きくシフトしてしまったからであることが、ラヴロックによって示唆される。
 「自然と人為」の歴史的関係を見ると、社会的組織が国家中心へ収束し社会的自立を捨てる過程で、足下の自然との連関を失う傾向を強めてきた。「科学技術」「文明」がそれに結びつき、経済成長への信仰が19世紀まで東洋・日本の人々の心にあった自然=コスモス、天地の自然観を駆逐してきた。いま求められているのは、「自然とも結び付いた自立した社会組織」すなわち「環境と交流するグローバルな共同体」であると主張するのは、黒住真である(「自然と人為--つつまれる人/のりこえる人」『岩波講座 日本の思想 第四卷、自然と人為』所収、岩波書店、2013年)
 
 ところが経済成長の中で駆逐したのはコスモス、天地の自然観だけではない。こうした経済成長のもとで進んできた都市化現象のなかでの大地の人間からの分離と、その資源的な利用優先の本質を、戦後間もなく、アメリカの生態学者のA.レオポルドは次のように説明している。
「われわれは、土地がわれわれに属している商品であると見なしているために土地を乱用している。土地をわれわれが属しているコミュニティと見なすとき、われわれは愛と敬意をもって土地を扱うようになるだろう。」(Aldo Leopold、A Sandy County Almanac、OXFORD UNIVERSITY PRESS、ⅷページ、1949年)
 自然の資源的利用優先の考えが人々の心から奪ったのは、黒住の指摘するコスモス、天地の自然観だけでなく、この「愛と敬意」の情感であったのである。
 
 土地をコミュニティと考えるのはA.レオポルドによる倫理概念で、コミュニティとは、土、水、植物、動物を含み、あるいはその集合体と位置付けられる(同書、204ページ)。「われわれが属す」という倫理観は、人間もそれらすべての生命体とともにそのようなコミュニティ、すなわち大地という単一の有機体の一員であるという認識にもとづく知的感覚というわけである。 
 であるからこそ、この愛と敬意は、まさにガイアの思想を深く認識することによって、人間の心のなかに育まれる。そしてこの愛と敬意は、人間優位の驕りを捨てるようにわれわれ人類に求めているのである。
 賢治の「この野の福祉のために身をばかけねばならぬ」という装景家への問いかけは、まさにその道に身を投じることを示したのである。

タイトル:  「コーポを学ぶ催し」が京都新聞に載りました

府庁NPOパートナーシップセンターで「ナレッジ×DIY」という連続企画があります。
今回のテーマは<地域>で生きる<地域>と暮らす~コーポラティブハウスという選択~ということで、なな彩コーポの増田さんからお声がかかり、参加してきました。増田さんからは、なな彩コーポのできるまでと今の暮らしぶりを紹介され、もえぎからは、今まで関わったコーポの紹介とその後の暮らしぶり、地域にどうかかわっているかなどを紹介しました。
増田さんは、いつもなな彩コーポの牽引役だったこともあり、コーポの説明も上手にしてくれました。「ちいさな村」と表現されたのが印象的でした。また暮らしの写真がすごく魅力的で、悔しいかな、そこは設計者の知らない世界なんですよね。いつかコーポの暮らし写真展をコラボできたらいいな、と思いました。
 私は、コーポ住人は、地域の暮らしを大切にしたいと思っている人が多いので、おのずと地域との関わりが広がり、そのまちの地域力アップにもつながってきている事例を紹介しました。
参加された方からは、いろんな意見や質問が出ました。魅力的な住まいづくりだと思う、でもお金がない、賃貸では無理なのかな。そろそろ老後のことが心配で、考えていくヒントになった。つくる過程は大変そうだけど、その中で培われていくコミュニティは大切。いいことづくめじゃないはず・・という質問には、増田さんが「何でも話し合って決めるので、面倒くさいと言えばそうだけど、でもそれがいいと思っているから」と答えました。御所西コーポの小林さんも参加され、パンフレットを手にあと1世帯をアピール。
企画終了後も雑談に花が咲き、賃貸を探しているけどなかなかいいと思えるものがない、地域の人となかなかコミュニケーションが取れないとか住まいや地域をめぐる課題が出てきました。いろんな人とつながりながら、コーポの精神で住まいまちづくりを考えていきたいと思います。
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タイトル:  住まい方図鑑-3

 外部と家の関係について考えてみました。
 崖っぷちのこの家は、北東向きにガケがあり見晴らしもよくひらけていますが、この方向は玄関とは逆の道路からすると裏手になります。眺めるにはよいのですが、出勤の行き帰りには通る場所ではないので、親しみはないのです。その点、玄関から道路までの脇に少し庭があって、こちらはささやかなスペースですが、野菜を植えたり花を植えたりしているところを、出勤前に眺めてみたり、帰りにトマトを摘んでみたりと、親しみ深い庭となっています。いつも通る場所というのはささやかでも何かしら気になり、手をかけてしまう。そんな感じがあります。
住宅の敷地を探している時に北側玄関で南が裏手になって眺めが良い、というのがなんとなく理想的だと思っていたのですが、家でゆっくり過ごす時間が短いと、玄関から道までの庭の方が深く接している。ということもあるもんだ、と思ったりもします。

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 また、玄関開ければ食卓が丸見えだったり、道路から居間が丸見えだったり、となんとなく設計では避けていることが、私の実際の生活ではあまり気にならなかったりもします。近所を歩いてみると、道路から家の中で過している人の気配がするのは、うちの家と5件隣の家くらいなもので、電気はついているものの、人の気配がする家はほとんどありません。設計ではそういう計画をすることが多いですが、落ち着くという点では、それも正解のはずですが、住宅街を歩いているとさみしい気もします。
台所の窓から向いの人が夜遅くに帰ってきた気配もわかってしまいます。こちらから見えている分、近所の人はうちの家の様子は手に取るようにわかるのでしょう。こどもを叱りつけて泣かしている様子もばればれです。虐待してるとすぐばれます。

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 風通しの良い家というのはまさにこのことですね。
うちは薪ストーブがあるので、家の脇のスペースで、薪割りをして整理をしたり休みの日に外作業をしていることも多いので、向かいの人がちょっと出てきて立ち話をしたりと、なんとなくの近所付き合いが起こります。近くに住んでいてもほとんど顔を合わさない人もいます。生活時間帯が違うというのが大きいですが、玄関から道路までの間で何か作業(庭いじりも含めて)をするようなスペースがないとその間の滞在時間がほぼないので、合う確率も減るのかなぁと思ったりもします。
昔よく玄関先で日曜大工をしているお父さんを見かけたり、自転車のパンクを直しているとか、植木鉢の花を植えかえているおばさんとか、玄関先の営みがあったような気がします。最近はそういった事をしている人を見かけなくなったような気がしますね。

 眺めの良いガケ側に掃き出し窓がありますが、そこからすぐ外に出る仕組みが無いもので、ガケがいまいち親しみ深くなれないのかもしれません。少しでも濡れ縁のようなものがあってさらにツッカケが置いてあり出入りがしやすい。そんな風情を作っていくのが次のステップですね。さらに軒がもう少し深いと、ちょっと濡れ縁に座って雨の崖っぷちを楽しんでみたりできるのではないかと思うのです。それには横移動がなんとかできる奥行き600程の濡れ縁と、そこからさらに600程出た軒があればいいのではないですかね。
さらには玄関先も軒が深い方が便利ですね。雨の日の外作業を助けてくれるような軒下を造って生活を外に開いていきたいです。